ミエル・レーダーマン・ユケルスというアーティストが残した、「メンテナンス・アート」という思想に出会った。
彼女は1969年の宣言の中で、新しいものを生み出す「開発」と同じように、今あるものを生かし続ける「維持」にも大切な価値があるのだと、世の中に示してみせた。
そしてニューヨークの清掃局に直談判し、無給のメンバーとして、自ら街のゴミ集めや清掃活動に加わったのだ。作業着に身を包み、地道に街を掃除する彼女の姿。それは、アートというよりも、文字通りの「手入れ」そのものだった。
1979年には、清掃局の作業員8,500人と順番に握手を交わし、「あなたが毎日、この街を生かしている」と伝えて回ったという。
「場は、つくって終わりじゃない。毎日手入れする人がいて、はじめて生きている」
この地道で力強い姿と言葉に触れたとき、私の中で一つの確信が生まれた。彼女が表現したかったのは「アート」という生き方であり、私が求めているのは「健やかに、心地よく生きる」ということ。目指す表現のかたちは違っても、今あるものを慈しみ、維持していくことのなかにこそ本質があるという点で、彼女と私の想いは深くつながっている。
「手入れ」とは、私にとっての「心と体の健康」そのものなのではないか、と。
「開発」の刺激と、「維持」の安らぎ
私たちは、何かを新しく生み出すことや、手に入れることに価値を置きがちな世界に生きている。新しいプロジェクト、新しい服、新しい人間関係。そうした「開発」の瞬間は刺激的で、私たちの心をきらきらと輝かせてくれる。
けれど、そのきらめきの後に続く「維持」の時間にこそ、本当の心地よさが隠れているのではないだろうか。
部屋に掃除機をかける。お気に入りの靴を磨く。散らかったデスクを、もとの場所へと戻していく。あるいは、自分の心や体に「お疲れ様」と声をかけるように、温かいお茶を淹れる。
こうした地味で、終わりがないようにも思える手入れの作業。それは義務や面倒なことではなく、実は私たちの心をふかふかのクッションのように整えてくれる、贅沢な時間なのだ。
街を生かす手入れ、自分を生かす手入れ
ユケルス氏が作業着姿で街を掃除し、仲間たちに伝えた「あなたが毎日、この街を生かしている」という言葉。彼女はそれを一つのアートとして世界に提示したが、それはそのまま、私たちが日々を健やかに生きるための道標にもなる。
身の回り、部屋を手入れすることは、自分の居場所を維持すること。 体を手入れすることは、明日を生きる自分を優しく労わること。
表現する舞台が「街というアート」であれ、「日々の暮らしと心身」であれ、その本質はまったく同じだ。手入れをしている瞬間、私たちの意識は「いま、ここ」にある。過去の後悔や未来の不安といった頭の中のノイズが、ほうきで掃き出されるように消えていく。


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