アジアのイタリアになる!?
微笑みの国の未来予想図


類まれなホスピタリティで微笑みの国と謳われるタイ。オリエンタルな気分に浸れる近場のアジアとして日本でも人気だが、観光だけの国と思ったら間違いだ。かつての日本に負けず劣らずの高度成長の只中にあるタイは今、ファッションのジャンルにおいても見逃せない国になりつつある。結論を先に言ってしまうと、タイはアジアのイタリアになりうるポテンシャルを秘めている。

右/バンコク随一の歓楽街として知られるソイ・カウボーイ。猥雑な空気は今も変わらないが、政府の社会秩序政策により現在は午前1時までに閉店することが義務付けられた。左/08年4月にオープンしたダイニングバー、ロングテーブル。その名の通り、全長24メートルに及ぶ規格外に長いテーブルが売り。地上25階からの夜景が一望できるオープンエアも圧巻だ。建築基準法が緩いことに加え、若手デザイナーの活躍の場が多いバンコクではダイナミックな建築がそこかしこに誕生しているが、まさに今を象徴する一軒だ。
中流階級の台頭で
日本食がブームに


 政情不安で世間の耳目を集めたタイだが、経済だけ見ればとても元気がいい。外国企業の誘致などで1985年からの10年間、年平均9%という驚異的な成長率を記録。アジア通貨危機でいったんは停滞するものの、積極的な輸出政策を採ったことで再び好景気に逆転、2010年には再び7%台を記録した。こうして富裕層と貧困層という二極化の図式が崩れ、中流層が台頭する。
 中流層の拡大に伴うマーケットの変化を象徴する事例が、日本食ブーム。そのブームに乗ったのが、あの大戸屋だ。
「当初は駐在員が生活する地域を狙って店を出しましたが、現在は地元の商業施設へ積極的に出店、27店舗に達しました」(現地代表、高田知典氏)
 勝因として日本のスタッフを各店に置き、日本の味を守り続けたことも見逃せない。が、屋台の数倍の出費を覚悟しなければならない大戸屋が受け入れられたのは、それだけの経済力を持つ市民がいたからである。かつて日本の大学に通っていたkooさん(僕の通訳を務めてくれた女性)は「炭で焼いた魚はやっぱり美味しい」と月に数回、家族で訪れているという。雰囲気のある店づくりも功を奏して、…。
新たなニーズをつかんだ
ドレスシャツ専門店

 そんな中流家庭の増加を見越して成功を収めたのがドレスシャツの専門店、デュライだ。
 デュライを語るには、先にバンコクのクロージングの世界を解説する必要がある。意外に思われるかも知れないが、バンコクはテーラー文化が根付いている。イギリスのノウハウを持つインド人テーラーが移住、広めたためで、バンコクだけで500軒を超えるテーラーがあるといわれる。タイっ子が学校や会社の制服を馴染みの店で誂えるのはありふれた光景だ(会社からは生地と仕立て代が支給される)。最高級ホテルとして知られるミレニアムヒルトンのオーナーはテーラー出身という噂も夜の街で聞いた。
 彼らの技術力に着目したのがデュライだ。富裕層の出で、かねがね海外ブランドのゆったりとしたサイズ感に不満をもっていたオーナーのdulyanart bejrajati。彼は英伊の一流生地をバンコクの職人が仕立てれば百貨店のオリジナル以上、海外のハイブランド未満というプライスゾーンで、上質かつモダンなシャツがつくれるのではないかと考えた。デザインはオーナーが自ら担当した。…
国挙げてのバックアップで
日本で活躍するデザイナーも

 その波はモードの世界にも波及している。
 筆頭はオンワードのファッション大賞で第18回グランプリを受賞したpatsarun sriluansoi。バンコクで確たるポジションを築いたpatsarunは現在、日本の企業とのコラボレーションでサーストというブランドも展開している。
「世界中のヴィンテージをベースに、そこに現代的解釈を加えている」と語るように、あくまでベーシックなスタイルに範を垂れた、さり気ない味付けが人気の秘密だ。
「タイのデザイナーはさまざまな文化をミックスする感性に優れている。僕は幼いころから建築にも興味があって、ラインやカッティングでは影響を受けていると思う」
 patsarunの成功は一例に過ぎず、多くのデザイナーが登場しているようだ。
 背景にあるのが、国のバックアップだ。デザイン関連の施設が続々オープン、独立支援も行っている。インテリアデザイナー協会会長のsomchai jongsaengはいう。…
世界で注目されるライフスタイルショップも登場

 フェミニンだったり、オリエンタルだったりというタイならではの文化を世界に通用するレベルにまで昇華させることができたとき、タイはインターナショナルな競争力を身につけるだろう。先んじてそのポジションを確立したのが、ジェオデコだ。ファッション誌lipsの編集長sakchai guyとファッションデザイナーmetta tuntisajathamが手がけており、タイ文化を背景にしたライフスタイルショップがテーマ。モダンオリエンタルといった趣きで、日本でも感度の高い店が扱っている。
 水路が縦横無尽に張り巡らされたバンコクはかつて“東洋のヴェニス”と謳われたが、デザインの分野でもイタリアを脅かすポテンシャルを秘めている。スパと屋台という紋切り型のイメージは、そろそろやめにしたほうがよさそうだ。

タイの文化を世界レベルにまで押し上げて、海外からも注目されるジェオデコ。
CAZAL

文:竹川圭  2011.03.29 UPDATE