時に魅せられた人々 by Takashi Arisawa
第4回 磯貝 吉秀

時計愛好家からの信頼も厚い銀座の時計ショップ「シェルマン」の代表取締役。
アンティークパテックの権威であり、その見識の高さは時計業界でも有名で、まさに生き字引的存在。

本物の時計だけが持つ
魅力を追い続ける磯貝氏の哲学。

 1971年に創業した東京・銀座松坂屋横にあるシェルマンは、言わずと知れたアンティークウオッチの名店。「時計通」の間では独立時計師の作品を扱っている数少ない時計店としても人気が高い。また、ミニッツリピーターやグランドコンプリケーションなど、機械式モデルなら千万円以上もの値が付く超高級腕時計の複雑機能が手軽に楽しめるオリジナルウオッチを開発し販売しているショップでもある。
 それぞれに魅力はあるものの、アンティークウオッチの愛好家の多くは現行モデルには関心が薄いといわれる。また数百万円、あるいはそれ以上もする独立時計師の作品に惹かれる人たちと、10万円台のものもあるオリジナルウオッチを求める人たちにも共通点は少ないだろう。しかも店内には、いわゆる人気ブランドの現行モデルがない。
 実は、それこそが代表取締役である磯貝吉秀さんのこだわり、あるいは時計師たちがしばしば口にするフィロソフィーなのである。

シェルマン銀座店

東京都中央区銀座5-9-12
ダイヤモンドビル1F
TEL.03-5568-1234
http://www.shellman.co.jp

アンティークのパテック フィリップとの出会いが
自身にとってのスタンダードを決定づけた

「私の原点は、初めてパテックフィリップのアンティークウオッチを見たときの感動にあるといっていいでしょう。何十年も前に作られた腕時計が、当時とほとんど変わらない状態を保ち、正確に時を刻み続けている。その品質の高さに魅了されました」
 磯貝さんが魅了されたのは、パテックフィリップが持つ「高級」とか「有名」という称号ではなく、もちろんブランドイメージでもない。品質そのものだった。そしてその品質とは、博物館に展示されている時計のものとはまた別のものだ。
「何十年、ときには百年以上も前に作られた時計であっても、実用に耐えられてこそ魅力が増してくると思うのです。どんなに見た目が美しくても、正確に動かない時計を扱うつもりはありません」
 腕時計の品質とは何か。簡単なようで難しい。わかっているようで奥が深い。正解などないのかもしれないが、パテックフィリップの品質に魅せられた磯貝さんは、自分自身が認めた品質の証として、アンティークウオッチにきちんとした保証を付けるようにした。日本では初めてのことだった。
「腕時計は見て楽しむものではなく、自分の腕にはめて楽しむ道具だと思うんです。アンティークウオッチだから不具合があっても仕方がないとは思っていません」
 シェルマンのオリジナルウオッチは、こうした磯貝さんの思い入れやこだわりから生まれたといってもいいだろう。創業から約40年。腕時計の世界に新風を吹き込むことになったのである。

自身の手がけた時計が
本場スイスの国際時計博物館に永久展示。

 シェルマンのオリジナルウオッチを代表するモデルといえば、ファーストモデルでもある「グランドコンプリケーション」だ。その名が示すように、機械式時計の4大複雑機能といわれる「ミニッツリピーター」「永久カレンダー」「スプリットセコンド・クロノグラフ」「ムーンフェイズ」をすべて組み込んだモデルだ。これだけの機能を持った機械式腕時計となると、どれほどの価格になるのか見当もつかないが、シェルマンでは独自に企画したクォーツムーヴメントを採用することで10万円台という驚異的な価格を実現した。
「ある時計メーカーが、すばらしい音色が出せるクォーツムーヴメントを開発しました。けれどもクォーツというと、とにかく低価格の時計というイメージが定着していて、メーカーではそのムーヴメントを活用できませんでした。私はその音色を聞いて、これなら機械式のミニッツリピーターに負けない音が出せると思い、グランドコンプリケーションを作ってみようと思ったわけです」
 100年間調整不要の永久カレンダーといっても、それは常に動かし続けてこそのもの。一千万円もするような、機械式の高級モデルを毎日腕にはめて使う人はほとんどいないだろう。大切にするのはいいが、いったん止めてしまうとその後の調整は非常に面倒だ。その点、クォーツムーヴメントならほとんど心配がない。しかも精度の高さは機械式とは比べものにならず、低価格での量産も可能だ。そのメリットを活かしながら、磯貝さん自身が納得できる最高の品質に仕上げる。だがそれは、ある意味でクォーツモデルの常識とは異質のものでもあった。
 「クォーツモデルというと、低価格を追い求めるあまり安っぽい造りのものが多くなっていました。でもオリジナルウオッチはそうではいけません。文字盤、針、ケースなど、高級と呼ばれる腕時計に引けを取らない品質のものでなければ、シェルマンが作り、販売する意味がありませんから」

1995年6月、シェルマン創立25周年を記念して発売されたオリジナルブランド第一号モデル。限定300本のみ製造され、発売と同時に完売した。

独特の艶感と芸術的な深みを帯びた世界地図に、サイドスライド式ミニッツリピーターにワールドタイムという、時計愛好家なら誰もが憧れる複雑機能を搭載したシェルマンワールドタイム・ミニッツリピーター。

ケース素材には最高級ステンレスのひとつであるSUS316Lを採用し、細部まで丹念にポリッシュ仕上げを施す。文字盤にはスイス製高級モデルにも劣らない、何段にも立体的に整形されたギョーシエを採用する。ムーンフェイズはプリントではなく金張り。針やインデックスなどももちろんオリジナル。
「なぜそこまでと思われるかもしれません。けれども、超複雑時計の真髄を気軽に楽しんでもらいたいというコンセプトを形にするには、どうしても必要なことだったのです。本物の魅力は、納得の品質があってこそのものですから」
 こうして誕生したシェルマンのグランドコンプリケーションは、予想を上回る人気を呼び、オリジナルウオッチには「サイドスライドミニッツリピーター」「ワールドタイムミニッツリピーター」も加わっていった。しかも、グランドコンプリケーションとワールドタイムミニッツリピーターは、スイスのラ・ショー・ド・フォンにある国際時計博物館に永久展示されるという栄誉まで担っている。
「まさかと思いましたね。国際時計博物館に行ったことがある人ならわかると思いますが、永久展示されている時計はまさしく時計の歴史を代表するモデルばかりです。自分で言うのもなんですが、品質へのこだわりが評価されたのだと自負しています」

 2年前には世界で最も有名なキャラクター、ミッキーマウスを文字盤に浮かび上がらせた「スターダスト・ドリーム」を発売したが、これも単なるキャラクターウオッチとは一線を画したモデルだ。電気鋳造による立体的な文字盤をはじめ、スターダストというネーミングにふさわしく秒針代わりに回転するディスクなど、そこには磯貝さんのこだわりが凝縮されている。実際、試作段階で何度も熟練職人にダメ出しをしたというほどで、その仕上がりは上質と呼ぶにふさわしい。
「残念なのは、これまでオリジナルウオッチの製作にかかわってきた熟練の職人が少なくなってきたことです。完売になったモデルのなかには、復刻がむずかしいものが少なくありません。シェルマンオリジナルウオッチの、今後の課題でもあります」

頂点を極めた時計師たちとの親交から
独立時計師の存在を日本に広める。

 アンティークウオッチ、オリジナルウオッチと並んでシェルマンの顔といえるのが、独立時計師の作品だが、なかでもフィリップ・デュフォーの「シンプリシティ」だろう。予約受け付けはすでに終了しているが、すべてを納品できるまでにまだ数年はかかるというほどの人気を呼んだモデルであり、日本に独立時計師の存在を知らしめたことでも有名なモデルでもある。
「ネーミングが示すように、特別な装飾などないシンプルな腕時計でありながら、ムーヴメントはもちろん、ケースや文字盤などどれを取っても、その美しい仕上げはまさしく世界一といっていいでしょう。スイス時計製作の伝統を守り、後身を育てたいというデュフォーさんの姿勢も素晴らしく、しばしば来日して時計学校で指導もされています」
 AHCI、いわゆるアカデミーと呼ばれる独立時計師協会の創立メンバーのひとりで重鎮でもあるスヴェン・アンデルセンとの交流も長い。アンデルセンは永久カレンダーの権威といわれるほど卓越した技術を持つ時計師だが、彼とのコラボレーションによる機械式モデル「ボワヤージュ」もシェルマンオリジナルウオッチのひとつとしてラインナップされている。
 ほかにもダニエル・ロート(現在のブランド名はジャン・ダニエル・ニコラ)、ベアト・ハルディマン、シンクレア・ハーディングのブランド名でクロックを製作しているロバート・ブレイなど、トップレベルの独立時計師との親交も厚く、もちろん作品も販売している。共通しているのは、磯貝さんが彼らの技術と品質に惚れ込んでいること。そして彼らもまた、磯貝さんの時計への情熱と本物を見極める目に信頼を置いていることだ。
 アンティークウオッチ、オリジナルウオッチ、そして独立時計師。磯貝さんが見つめる時計の世界の中心には、常に品質へのこだわりがあり、けっしてブレることはない。次にはどんな時計の世界を見せてくれるのか。興味は尽きない。

取材・文:有澤 隆 写真:猪又 直之