時に魅せられた人々 by Takashi Arisawa
第3回 林 俊一

プロフィール:1947年生まれ。高校を卒業して1年間時計技術を身につけるために他店で修業。その後、ヨーロッパを中心に海外を巡り見識を高める。21年前、40歳のときに家業の林時計鋪を継ぎ現在にいたる。

いいものを売るという矜持が形になった
頑固な時計屋のオヤジが作るオリジナル

 三重県津市。現在は県庁所在地とはいえ、ネームバリューは近隣の松坂や四日市に押され気味の感がなきにしもあらず。とはいえ、古代より安濃津として知られた港町であり、船による物資の輸送が主要な交通手段として発達した江戸時代にはひと際発展していた。藤堂高虎により大改修された津城を中心とした城下町として栄え、各地から訪れるお伊勢参りの人々でも賑わっていたようだが、今は新幹線も幹線高速道路も通らない情緒豊かな城下町といった風情を湛えている。
 この津市に明治の頃から続いている時計店がある。1890(明治22)年創業の林時計鋪だ。ちょっと路地を入ったところにある店舗には、老舗の歴史を感じされる雰囲気が漂う。それほど広くもなく、什器類もけっこう年代物である。「ひなびた」という形容を褒め言葉として使うなら、まさしくひなびた味のある時計店といえるだろう。
 現在の店主は4代目となる林俊一さん。「頑固な時計屋のオヤジ」と自他ともに認める。その理由は「気に入らんヤツには売らん」というポリシーを貫いているからだ。「いい時計しか売りたくない」ともいうが、林さんから見ると?が付くような時計でも、お客様が欲しいといえば販売はしている。家族もいれば、従業員もいる。そこは商売と割り切っているようだが、そのときの林さんは楽しそうに見えない。

(写真上)余計な装飾のない店内には、ビートルズの写真が並べられている。実はこれも、林さんの知人との縁で販売をしている。「優れた腕時計は1960年代に作られたものが多い」と語る林さんにとって、ビートルズが活躍したその時代は腕時計にとっても特別な思い入れがあるようだ。ビートルズファンならずとも目を惹かれるお宝写真もあるので、興味がある人は林時計鋪までお問い合わせを。
(写真左)赤れんがの外壁が時代に流されない個性を感じさせてくれる林時計鋪。知名度の割には?飾り気のない小ぢんまりとした時計店だ。

ノモスのタンジェントをベースにした林オリジナル。ブラウンの文字盤にブルーのインデックスが映える。これまでに製作した林オリジナルはすべて売りつくしてしまっていて、在庫がある林オリジナルはこのノモスとベル&ロスだけになってしまった。とはいえ、どちらも残りはわずか。「これからは1本ぐらい残しておこうと思う」というものの、気に入ったお客さんから欲しいと言われたら最後の1本でも売ってしまいかねない。

林さん一番のお気に入りのIWCのアンティークウオッチ。「無駄なものが何もない。しかも小さい。これがかっこいいんです。誰が何と言っても売りません」とのこと。ブレスレットは昔懐かしいエキステンションタイプのものを使用している。これも林さんのお気に入り。

こだわりを持った時計愛好家たちを
納得させる林オリジナルの魅力とは

 その林時計鋪は、というより林さん自身は、全国の時計愛好家の間でちょっとした有名人でもある。どんなに有名なブランドでも、どれほど人気が高いモデルでも、こうすればもっとかっこよくなると思うと、自らデザインしたオリジナルモデルを作って販売してしまうからだ。もちろん、勝手に作り替えているわけではない。時計メーカーと交渉を重ね、正規の限定モデルとして製作を依頼し販売しているのである。
「オリジナルを作るのは、いい悪いは別にして、自分が売りたい時計を作るということです。日本で売るならこれだというものを作りたいんです。これまでに12種類、800本ほどを作りました」
 ジラール・ペルゴ、ジャガー・ルクルト、ノモスなど、依頼するメーカーも時計界でその名を知られた一流どころで、ベースになるモデルも人気モデル。それでも林さんから見ると納得できないところがあるらしい。
「文字盤や針の色を変えるだけでずっとかっこよくなる。ベルトにしても、何でもかんでもクロコじゃねえ。もうちょっと色とか種類を増やしてもらいたいね。とにかく高級に見えればいいというのはよくないですよ」
 では、林オリジナルはどんなモデルなのか。そのコレクションを見せてもらいたいと思ったのだが、残っているのは最近の2種類だけ。写真すらない。
「1本ぐらいは残しておきたいと思ってるんですが、(林さんが)自分で着けてると欲しいという人がいるので売ってしまって」
 気に入らないヤツには売らんという反面、「その時計素敵ですね」などと言われると「もうアカン」。最後の1本であっても「俺は時計屋だから売る」となってしまうのである。

 ということで、最新の林オリジナルを見せてもらうことにしたのだが、そのベースはベル&ロスの03。42×42ミリという角型ケースを持った人気モデルだ。実は、林さんは「腕時計のサイズは35ミリまで」と言い続けてきた。その原点は、時計店を継ぐ前にヨーロッパを回っていたとき、毛むくじゃらの太い腕に35ミリにも満たないような小さな腕時計をしている外国人を見て「めっちゃかっこいい」と思ったからだという。にもかかわらず、あえてベル&ロスの03で林オリジナル。まさか信念を曲げたわけではあるまい。
「ベル&ロスのようなごついモデルをオリジナルに扱うのは自分でも珍しい。今までのオリジナルのなかでも異質です。でもね、ベル&ロスのブルーノという副社長はデザイナーなんです。工業デザイナーとは違います。ちゃんとしたデザイナーはここにしかいません。ボクは工業デザイナーが考えてくるデザインはあまり好きではありませんが、ベル&ロスのデザインには惹かれるものがありました」
 もっとも、初めからいいと思っていたわけではなく、やや小ぶりの03が出てから考えが変わったらしい。
「初めて01を見たときに、こんな大きなものを誰がするかと思ってました。でも、そのときにはすでに03を考えてたんですね。それでこのサイズならやってみようかなと」

 さっそく、ベル&ロスの日本の代理店であるワールド通商を通して、林オリジナル製作の交渉を開始し、デザインもいろいろと考えたのだが……。
「けっこういろいろなデザインを提案しましたが、あぁ、それは計画があるからと没にしてくるんですよ(笑)。赤と焦げ茶とか、水色と焦げ茶とか。そういう組み合わせでオリジナルをデザインしてたんですがね」
 まさかとは思うが「パクられたかなと思えるところもあります(笑)」と林さん。見方を変えれば、それだけ林さんのデザインにはオリジナリティがあり、プロのデザイナーにも共通する普遍性があるということだろう。出来上がった林オリジナルの03は、意外なほどといっては失礼かもしれないが、どこに「頑固な時計屋のオヤジ」のこだわりがあるのかちょっと見ただけではわからない。
「林オリジナルのベル&ロスは、既存のものとあまり変わりはありません。文字盤と針だけです。インデックスのグレーはちょっと苦労しました。初めは黒いベルトが嫌だったんですが、黒しかできないといわれたので、インデックスをグレーにしました」
 そういうものの、ベル&ロスからは林オリジナルを日本向けモデルのスタンダードにしたいという要望まであったとか。ブルーノ副社長もかなり気に入っているようだが、林さんはオリジナルの03は着用のファッションにもこだわりたいと思っている。

林オリジナルベル&ロス03は、こんなふうにジージャンの上から着けるのがかっこいい。写真用に腕にはめてもらったが、林さん本人も改めてそのかっこよさが気に入ったようだ。

スーツはほとんど着たことがないという林さんは「粋でおしゃれ」なオヤジさん。頭のてっぺんからつま先まで、オリジナリティにあふれている。ジーパンに刺繍を施すなどもお手のもので、服装に関しても自分なりにアレンジして着用することが多い。そのセンスを買われて、メンズファッションのショップのアドバイザー的な仕事まで引き受けている。林時計鋪のすぐ近くにあるショップは、その名もハヤシ&サンズ。

かっこいい腕時計をかっこよく着ける
そこに人と腕時計のバランスと美学がある

「着け方まで教えるのはおこがましいかもしれませんが、ジージャンの上から着けてもらいたいと思っています。ボクもジージャンの上からしてみようかなと思ってます。女の人はそんな着け方をしていることが多いですが」
 毛むくじゃらの太い腕に小さな腕時計とは対照的に、細くてしなやかな女性の腕にゴツイ03。けっこうおしゃれかもしれない。実際に、ある有名人の奥さん(実はこの人も有名人)は、そんな使い方をしているそうだ。
 最後に、林さんの腕時計に対する美学を語ってもらって今回のインタビューを締めくくろう。
「かっこよさの基本は品があることだと思います。エレガンスというかな。サイズも非常に大切です。サイズと形のバランスというのは絶対にあるものです。本来が35ミリの腕時計を37ミリにしたら、それだけでだめになります。この腕時計はこのサイズというのが絶対にあると思うんです。流行ってるからとか、それが世界の流れとかいわれても、ボクはそれは品がないと思ってます。薄さも重要ですね。薄くするのは非常に技術が要ります。特に防水に関しては難しくて、かつてはパッキンなどを入れられなくて防水性能が低かったので、リューズから水が浸入してきて文字盤などをだめにしてしまうことがよくありました。でも最近は技術がよくなったのでそんなことはありません。メーカーも流行に流されてばかりいないで、小さくて、薄くて、品のある腕時計をもっと作ってもらいたいと思っています」
 林さんはすでに次のオリジナルを考えているという。
「次はジャガー・ルクルトのリザーブ・ド・マルシェで考えています。ステンレスモデルのみで、インデックスも変えて、文字盤はシャンパンゴールド。まだ計画中の段階ですが、実現したいと思っています」
 話を聞いているだけでも、林オリジナルへの期待がますます高まってきた。

文:有澤 隆 写真:板津 亮 取材協力:林時計鋪 TEL.059-228-3079 URL.www.hayashitokeiho.com