時に魅せられた人々
第2回
金川 恵治
エングレービングの魅力に引き寄せられ
イラストレーターから転身した独学の職人

イラストレーターとして活躍していたときの作品は今でも大切にしている。世界的に有名なキャラクターも手がけていたので、その作品を見れば「えっ、あのイラストは金川さんが描いたんですか?」と驚くものも少なくない。イラストレーターとしてトップレベルの知識と技術を身につけた金川さんは、エングレーバーとして独立独歩の道を歩み続けているだけでなく、さらなる時計装飾の開拓にも意欲的だ。

 スイスの著名な時計博物館を訪ねると、ケースや文字盤に美しい装飾を施したポケットウオッチの多さに驚かされる。文字盤やケースカバーにはエナメル細密画、ケース自体には彫金(エングレービング)などが代表的だが、装飾のないポケットウオッチのほうが珍しいくらいだ。だが、そうした装飾は腕時計が一般的になった20世紀に入ると徐々に少なくなり、その伝統技法を受け継ぐ職人やアーティストも今では数えるほどしかいない。
 時計製作の歴史が浅い日本では、装飾に関する職人がほとんど育たなかった。もともと日本にあった七宝や漆を用いた装飾が、最近になって注目を集めるようになった程度といっていいだろう。ヨーロッパなどに伝わっているエングレービングの伝統技法などは、誰ひとりとして習得した人はいなかったようだ。
 ところが、そのエングレービングを独学で自分のものにしてしまった人がいる。金川恵治さんだ。美術学校を出た金川さんは、イラストレーターとして活躍する傍ら、趣味で始めた時計の修理が高じてムーヴメントの組み立てから時計の製作まで自分で行うようになり、やがてエングレービングにまで手を広げていった。
「このスケルトンモデルは、見よう見まねで製作したものです。これを作った頃には腕時計の修理から組み立てまでひと通りのことができるようになっていましたから、どこの部分をどの程度まで削り落としても大丈夫かということはわかっていました。それでも、ちょっとやり過ぎかなというところはあります(笑)。いわば素人の怖いもの知らずといったところですね」
 スケルトンモデルを完成させた金川さんは、ついに時計製作で身を立てようと決意を固めることになった。
「イラストの世界にもCGが多用されるようになり、いわゆる職人技を駆使して製作する手描きイラストは減りつつありました。それに満足ができなかったことも、時計の世界へ身を投じてみようというきっかけになりました」

腕時計の裏蓋にエングレービングを施しているところ。顕微鏡を覗きながら、ビュランを用いて繊細な線を彫っていくには非常な集中力を要する。手先以外はほとんど動かない姿勢も、その集中力の結果といえる。もちろん誰に教えられたのではなく、自然と身についたものだ。

金川さんが使っているビュランの先端。市販されているビュランを、自分で工夫しながら加工して作ったものだ。このようにエングレーバーは、誰もが自分の道具を自分で作ることから始めるという。独自の技術に磨きをかけている金川さんのビュランは、スイスで活躍している著名なエングレーバーのものとはかなり異なった形をしたものも多く、それが金川さんならではの作品を生み出している。

培ってきた美術の知識と技術が
新しい世界での活躍を支える

 そこで知り合いの時計技術者の紹介で、フランク・ミュラーの日本総代理店でもあるワールド通商を訪ねたのだが、そのとき持っていった作品の中に含まれていたスケルトンモデルが注目され、金川さん自身も思っていなかったエングレービングの技術が認められることになったのだ。
「そもそもは時計の修理などで売り込んだのですが、自分で製作したスケルトンの腕時計を見せたところ、修理の職人ならいくらでも集まるけれども、エングレービングをできる人はいないということで、エングレーバーとして採用してもらうことになったわけです」
 とはいえ、エングレービングに関しては独学で自分のものにしてきた。ワールド通商はもとより日本には過去にも現在にも、金川さんの師と呼べるようなエングレーバーはいないからだ。しかし、プロとしてエングレーバーの仕事をこなしていく自信はすでにあったという。自惚れでも自信過剰でもない。その頃の金川さんは、イラストレーターとしての実績に加えて、美術学校で後進の指導まで行うほどの知識と実力が認められていたのだ。そうしたことも、金川さんの転身を後押ししたに違いない。
「だからといって、いくらなんでも当時の技術でいきなりお金を稼げるとは思っていませんでした。1年ぐらいは知識を増やしたり技術をさらに磨いたりといった感じでした。資料や道具が入手しやすくなったことは確かですが、正直なところ、イラストレーターをしていたほうが収入はよかったですよ(笑)」
 それでも現在の仕事を選んだのは、お金以上の魅力があったからだという。日本でただひとりのエングレーバーとしての仕事だ。金川さんのエングレービングは文字どおりの独学なのである。だが、我流というのとはちょっと違う。ビュランと呼ばれるエングレービングのための「のみ」を使い、その基本技術はスイスの時計界で活躍しているエングレーバーと変わりがない。エングレービングを行っているときの金川さんの姿勢までもが、スイスのエングレーバーとそっくりであるだけでなく、ビュランの方向は一定のまま、彫る対象(文字盤など)を動かしながらエングレービングを施していくのも同じだ。
「これも誰に教わったというのではありません。こうするのが一番理にかなっているということをやりながら覚えたのです。こうすれば仮にビュランが滑ったときなどでも、大きな傷がつくことがありませんから修正ができます。実は、こうした技術はイラストを描くことと同じなんです。私のエングレービングの技術は、イラストから得られたものと共通しているということです」

エングレービングを超えた装飾へ
新たな挑戦へさらなる意欲を燃やす

 そんな金川さんのエングレービングの最大の特徴は、光と影の競演にある。すなわち、光の当たり方によってできる輝きの部分と影の部分のバランスによって、美しい文様が浮かび上がってくるのだ。このようなエングレービングの作品はスイスにもなく、金川さんならではの作品に仕上げられていく。また、エングレービングを行うとき下絵を描くことが少ない。こうしたことは、イラストを描くこと、つまり長年培ったデッサン力があってのものに違いない。
「スイスの著名なエングレーバーに会ったとき、彫る技術は経験と実績を積めばいくらでも習得できる。それよりもデッサン力をつけることが大切だといわれました。私もそのとおりだと思っています。エングレービングというのは、単に金属に文様を彫るのではなくて、ビュランを使って絵を描くことなんです」
 また、金川さんはこれまでになかった技術にも挑戦をしている。そのひとつがエングレービングと有線七宝を組み合わせた作品だ。
「エングレービングと七宝は違う技術ですから、それを組み合わせるなんてことは普通は考えませんよね。そんなことを行うのも、私が素人だからかもしれません。まさに怖いもの知らずということでしょう(笑)」
 一般的な意味でのエングレーバーとして成功することは、金川さんの実力を持ってすればそれほど困難ではないかもしれない。けれども、そこに留まることで満足せず、これまで誰もが手を染めなかった新しい装飾の世界を切り開くことに意欲を燃やす。成功できるかどうかではなく、挑戦することに喜びを見出しているかのようだ。
 金川さんは単なる伝統技術の継承者ではない。新しい工芸作品を創造していくクリエーターであり、これからの活躍が大いに期待されるパイオニアなのである。

金川 恵治(かながわ けいじ) 1960年長崎生まれ。東洋美術学校卒業後、アミューズメント産業で活躍していた有名企業にイラストレーターとして入社。2年後には独立してフリーランスのイラストレーターとして活動を始める。2006年にワールド通商に入社。エングレーバーとして活躍している。

エングレービングの下絵として金川さんが描いた精密なイラスト。

裏蓋や文字盤だけでなく、ムーヴメントにもエングレービングを施すことも可能だが、今のところ製作しているのはサンプルのみ。それでも世界でただひとつのスケルトンモデルは、金川さんのエングレービングの技術力を証明しているだけでなく、アーティストとしての才能も窺わせている。

フランク・ミュラーのサンセットの裏蓋に施された金川さんのエングレービング。この花はかなり立体的に見えるが、実際には裏蓋を彫って製作している。これも金川さんの優れた技術がなせる業といっていいだろう。

取材・文:有澤 隆 写真:新城 孝