倉野路凡の男服の誘惑
第3回 尾作隼人
有名テーラーからも信頼される、
若きパンツ職人
日本初のパンタロナイオという肩書き

街のテーラーは普通、生地を裁断する職人、型紙を作る職人、スーツを作る職人といった具合にそれぞれ仕事が分かれている。さらに詳しくいうと、スーツでも上着を縫う職人とパンツを縫う職人に分かれていることが多いのだ。
今回紹介する尾作隼人さんは日本では珍しく、パンツ作りに特化した"パンタロナイオ"という肩書きを持つ職人である。ちなみにパンタロナイオとはイタリア語でパンツ職人のこと。
尾作さんは文化服装学院で学んだ後、副資材で有名な日本バイリーンを経て、老舗テーラーの壹番館の門を叩く。
そこで職人としての基本的な技術を習得する。その後、下請けの職人になり、滝沢滋さんが率いるスタイルクリエーションを経て、2008年2月にパンタロナイオとして独立したのである。
現在の彼のおもな仕事の内容は一流テーラーのフルオーダーパンツの下請けである。自宅の一室をアトリエ(工房)に改装して、朝から夜遅くまで黙々と一人で仕事をこなし、2日に1本のペースでパンツを仕上げていく。完全にフルオーダー、かつ非常にこだわった作りのため、パンツ1本作るのに約22時間かかるそうで、1日11時間も働かなくてはいけないのだ。素人の考えでは3日で1本作ればいいと思ってしまうのだが、のんびり作ればいいというものでもないらしい。ある程度のスピードで作るほうが良いパンツができるそうだ。
テーラーによってお店ならではの基本デザインがあり、仕様も異なるが、どれも手の込んだ作りが特徴である。なかでも尾作さんのもつ技術力と趣味性を最大限に反映しているのが、オリジナルのフルオーダーパンツである。

尾作さんの技術力と趣味性を堪能できるフルオーダーパンツ

フルオーダーなので注文した人の体型を考慮して作るのは当たり前なのだが、尾作さんならではの特徴が随所に詰め込まれている。机に置いて上から見るとよくわかるのだが、シルエットが緩やかにS字のようにカーブを描いている(とくに膝下がしゃくれている)。個人差はあるが人間の脚は真っ直ぐではなく、横から見るとふくらはぎにボリュームがあるなど立体的にできている。そんな体型を考慮して、さらに歩行時のことを考えての仕様なのである。
このカーブラインは手作業でしかできないため、アイロンワークでいせ込んだり伸ばしたりしているのだ。あまり極端にやり過ぎると地の目が狂ったりして支障が出てくるので、適度にラインを出しているのである。
他に特徴的な箇所はウエストのベルト部分が弓形にカーブしている点だ。裁断でカーブを作るのではなく、これもアイロンでベルト芯(腰芯)と生地を曲げていくのである。こうすることで腰へのホールド感が増し、ずり落ちにくくなるのだ。ちなみにこのベルト芯は日本製ではなく、ナポリの付属屋さんから仕入れたもので、形を作りやすいそうだ。
また、手縫いの工程が多く、外脇と内股、ベルト付け、ポケット作りの一部はミシンを使うが、他は手で一針一針縫っている。とくに座ったときに負荷がかかる尻入れ(お尻の割れ目)部分は手縫いにこだわっていて、2本の糸で返して縫っている。
いちおうロックミシンはあるのだが、生地の縫い代(裁断した生地の端)は手でからげ縫いをしている。これって、けっこう地味な作業なんです・・・(笑)。
その他、両玉縁の美しい仕上げや、股下の補強布(シック)の省略、外側から内側に入り込みながら真っすぐ落ちるセンタークリース(パンツの折り目線)、裾のモーニングカット、外脇からウエストベルトに続く自然なラインなど、細かなところまでこだわっているのだ。

試行錯誤から答えを導き出した
理想のパンツ

彼はテーラーで職人としての基本的なことは学んでいるが、現在辿り着いたパンツ作りの技術と考えは自ら試行錯誤で完成させていったところが大きい。
「日本のフルオーダーパンツは、あまりいせ込んだり伸ばしたりしません。おそらく日本人の体型があまり立体的でないところも影響しているのでしょう。そういった意味では従来の日本の職人とは違う作り方だと思います。職人を目指していた当初はロンドンのサビィルロウに憧れましたが、パンツ作りを追求していけばいくほど、ナポリ仕立てへの憧れが強くなってきました。すべてにおいて彼らのもの作りを模倣している訳ではありませんが、学ぶ点は本当に多いです。彼らは経験から導き出された先代の技術をそのまま受け継いで、現在のパンツ作りに生かしているのだと思います。残念ながら日本にはお手本になる技術がないので苦労しました。数多くパンツを作りながら、独自の答えを見出しながら、パンツ作りに反映しています」と尾作さん。
彼は理論的で独自の縫製、補正理論をもっているし、常に考えてパンツを作っているようだ。ほんと、尾作さんを見ていると、「手先が器用なだけではいいパンツはできないのだなあ〜」と思ってしまう。90%の日常の仕事に10%の商品開発のヒントがあり、仕事から仕事を教えてもらっているという。この真摯な態度が素晴らしいのだ。今後、パンタロナイオ(パンツ職人)という職業がさらに脚光を浴びて、彼に続く若き職人が出てくるのが楽しみだ。

 ■オリジナルのフルオーダーパンツ 価格10万円〜。
 オーダーから仮縫いまで約1ヶ月。完成までさらに約1ヶ月。時期や受注状況によって多少前後する可能性があります。
 ※アトリエは店舗でないためお客を招き入れるのはお勧めしていません。
 生地のバンチ(生地の見本帳)を持参し、お客さんの会社または自宅へ出向いて、採寸や仮縫いを行う出張オーダーになります。
 ■お問い合わせ先:osaqu@jcom.home.ne.jp

文:倉野 路凡 写真:猪又 直之