今となってはどっちが言い出しっぺだったのか、わからないんです

久しぶりにガキの頃の仲間と会うことになった。
軽く呑もうとヤツが連れて行ったのは、どこにでもあるチェーン店だった。
のけぞった。
環境が違えば話は合わず、昔話が多くなるのは仕方がないし、それが楽しかったりする。
けど、口に入れるものは別だ。
ウマい酒に無上の喜びを感じる僕にとって、それはもう過酷な数時間だった。
だから高野圭太郎と小松直幸が素直に羨ましい。
小学生のときに出会ったふたりは、毎日昼飯を一緒に食っている。

素材や色を揃えているのももちろんあるが、同じ匂いを感じるのは僕だけではないだろう。控えめな、品のよさというか。オーダー概要/靴:価格16万3000円〜、鞄:価格17万8500円〜、納期はいずれも約7ヵ月

縁ギリギリに沿う美麗な縫製はもちろん、目を引くのは柔らかなアールを描くエッジ。これは鞄に特有のコテ当てという工程の賜物だ。いいものは採り入れるというスタンスでそれぞれのテクニックがそれぞれに応用されている。鞄においては靴でお馴染みポリッシュが施されており、まさに1+1=3となった好例だ。ちなみにハトメは削り出しの真鍮。金具は真鍮、スターリングシルバーで統一している。

超絶技巧を端的に表すのがこちらの底部サイドの処理。縫い合わせた後、ひたすら磨き上げる。革の目が潰れ、黒光りしている。耐久性を保証するそのツヤは、同時に圧倒的な美しさを生んでいる。一辺を完成させるのに3〜4時間はかかるという。月産5個に満たないというのも納得だ。

異なるアプローチでたどり着いた開店

 高野のことは知っていた。日本最高峰の靴職人、関信義が弟子入りを許したレアな存在、あるいは金沢の名店ココンのオーダー部門を手がけている存在として。
 彼の姉弟子にあたる津久井玲子から、「店を出すらしいよ」と聞いたのは確か去年の秋。ほどなく、インビテーションが届いた。そこにはもう一人の名前が記されていて、それが鞄職人の小松だった。
 ふたりは小学校時代からの付き合いで小松もまた、鞄の世界では知らぬ人がいない、藤井幸弘のもとで腕を磨いたということだった。
 誰もが認める凄腕の職人に師事した若手が旧知の仲で、ともに店を開いてしまう――この一点に僕はひどく興奮した。しかも、子供の頃からの夢だったというならまだわかるけど、事実はまさに筋書きのないドラマ(笑)だったのだ。
 出会いは小松が転校してきた小学二年生のときに遡る。歩いて5分の距離に住んでいて自然、何をするにも一緒の間柄に。が、高野は進学率より就職率が高い高校で、小松は大学の付属高校。別の道に進むかに見えたが、モラトリアムな学生生活を送った小松は大学進学を断念、文化服装学院へ進む。
「勉強している感じがしなかった。楽しくて、やりたいことが見つかったと思った」
 水を得た魚は卒業後、あのイッセイ・ミヤケへ。ところが1年で退職してしまう。
「会社に入って気付いたんです。僕はデザイナーじゃなくて、自分でつくりたかったんだって。ファブリックと違って一枚一枚表情が異なる革という素材がずっと気になっていて、これで何かできないかとまずはタナリーに転職しました」
 そして後の師匠と知り合う。そのサンプルを見て、やられた、これだと思った小松は弟子入りを志願する。
「常にデキる存在でした」と小松について語る一方の高野は当時、パチプロになると本気で語っていたそうである(笑)。しかしそうも言っていられなくなると、興味のあった靴の世界へ。ヤクザな稼業で凌いでいけるんじゃないかと自負しただけあるのめりこみで、たぐり寄せた関のもとに半年通いつめて、弟子になった。
「これだけは負けないっていえるものが一つ、欲しかったんです」
 下積み期間は交流がほとんどなかったという。
「技術を身につけるのに明け暮れる日々でしたから。それこそ将来どうなるかなんか考える余裕もなく、ただひたすら手を動かしました。集中できたのは、実家から通えたから。親には感謝しています」
 迷いに迷って答えを出した小松と、これと決めて突き進んだ高野。アプローチの仕方は異なったが08年11月、クレマチス銀座へと結実した。

クレマチスとはキンポウゲ科センニンソウ属の植物の名。日本人がいかにも欧州テイストな屋号を冠するのには照れ臭さがありつつ、コテコテの和名もどうかと思い、考えた名前だとか。東京都中央区銀座1-27-12銀座渡辺ビル2F、12:00〜20:00、火休、TEL&FAX.03-3563-8200、e-mail.leather@clematis-ginza.com


たかのけいたろう●1975年12月生まれ。98年エスペランサ靴学院を経て巻田庄蔵氏、関信義氏のもとで修行、03年に独立、金沢ココンの注文靴部門を担当。

こまつなおゆき●1976年3月生まれ。97年文化服装学院卒業後、イッセイ・ミヤケ入社。98年タナリーへ転職、00年からフジイ鞄店で修行。
イタリアの名店も認めた現在考え得る最上のモダン

僕が若手に魅了されるのはクラシックのルールに則りつつ、フォルムやパターンに手を加えることでモダンを獲得しているからだ。中でクレマチスはそのさじ加減において群を抜いている。それは普遍的に通用する感性だ。伊トスカーナの名サルトリア、リヴェラーノ&リヴェラーノの店に並んでいるというのも頷ける。
 しかし何よりいいのが、ふたりが製作するコレクションの相似だ。素材を揃えるなどしているが、もっと深い部分で共鳴し合っているというか。方向性を確認するようなすり合わせはしていないと聞いてたまげた。
「友達とか、そんなんじゃないんですよ。ずっと一緒にいましたからね。小松が今、何が飲みたいかもわかりますもん(笑)」
 ヴォイス、マービンズ、プロペラに足繁く通った学生時代。お互い同じものを見て、着て育んだ感性。
 どちらが店を一緒にやろうと言い出したか、覚えていないという。これ、きっとホントだ。価値観を共有する二人は相手の発言も共有してしまうのだ。
 ドン引きされそうで文字にするのもためらうけど、さわりで触れた友達とは歯ブラシを「共有」するほどの仲だった。夜遊びして、どちらかの部屋に泊まって、朝起きると当たり前のように互いの歯ブラシで歯を磨いた。
 おそらくふたりは今も相方の歯ブラシを使っているはずだ。

企画・取材・文:竹川 圭 写真:是枝 右恭