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小笠原シューズ

2014年8月16日
小笠原シューズ

日本の手作り注文靴を今に引き継ぐ小さなアトリエ

高田馬場から西武新宿線の急行で三つめの田無駅(西東京市)は、朝晩は都心への通勤客、昼間は周辺の高校に通う学生で賑わう典型的な多摩地区の私鉄ターミナル。ここから歩いて10分ほどの住宅街の道路沿いにあるのが、今回お邪魔した小笠原シューズです。

 

大きな看板も掲げず、しかも外観が店舗然としている訳でもないので、初めて訪れる人は気付かず通り過ぎてしまう可能性が高いかも? しかし、そんな表向きの目立たなさとは裏腹に、ここが日本の手作り紳士靴の存続に果たす役割は絶大です。

 

というのも、かつて日本の高度成長期を支えたビジネスマンに大いに需要のあった手作り注文靴の技術を残す職人は現在ほとんど残っておらず、もしこのアトリエがなかったら恐らくそれは終焉を迎えていたと言っても過言ではないのです。小笠原シューズは過去の日本の靴職人の卓越した技術を今日まで引き継ぐ、正に「我が国のハンドメイド紳士靴界の生き字引」と言えるでしょう。

 

OEM製造を通じ技術を積み重ねる

 

小笠原シューズの原点は1955年に小笠原光雄氏が港区の虎ノ門で創業した「小笠原製靴」。社長自ら靴職人として腕を振るいつつも、世の趨勢に合わせ次第に他の靴店や百貨店向けのOEM製造にシフトし、1988年に社名を「小笠原シューズ」に改称し現在の地に移転してきました。敢えて名前は伏せますが、創業百年を超える銀座の有名靴店のみならず、紳士靴販売では大重鎮的存在だった駿河台下の幻の名店も、最高級レンジのハンドメイド紳士靴の製造元としてここを選んでいます。

 

自社ブランド品の生産にも力を入れるようになったのは2011年の秋から。現在は相談役の第二代社長・小笠原茂好氏の後継者として、若手を代表する職人だった根岸貴之氏が三代目の社長に就任したその頃からです。

 

自社ブランドはσυναντωと書いて「シナンド」と読みます。数式とかで見るあの文字の連続なのでインパクト大ですが、ギリシャ語で「出会い」の意味で、それまで言わば影武者に徹していた身を表に出すことで、「新たな顧客との出会い」を創造し、そして彼らに「新たな靴との出会い」を愉しんでもらいたいという真摯な思いが込められているかのようです。これまで培ってきた技術を惜しげもなく注ぎ込むと同時に、今日の紳士靴事情も巧みに取り込んだこのブランドの製品は、以下の3つのカテゴリーに分かれます。

 

自社ブランドは3つのカテゴリー

 

一つ目はカスタムメイド。注文主の足に基づくオリジナル木型から作成する、いわゆるフルビスポークです。手順は足型・足の採寸に始まり、木型形状・素材・デザイン・ディテール・底付け方法などを決め、仮縫い、本縫いへと進みます。仮縫いは複数回行われ、その終り段階では試し履き専用の仮靴を作製し、数日履いて状況を確認した後にようやく本縫いに移行する徹底ぶり。1足目は、初回の打ち合わせから納品まで1年掛ってしまうケースが多いのも納得です。

 

二つ目はパターンメイド。このブランドの中心軸になっているラインです。
予め用意されたサンプルを試着した後に素材・デザイン・ディテール・底付け方法を決め、仮縫いなしで作製します。アッパーには同社の在庫に残る希少な革も使用できます。小指のアタリへの対応など基本木型に幅出し・肉盛りを行う調整と、メダリオンやブローギングの追加・削除などのディテール変更には無料で応じてくれます。 納品まで約2ヶ月半とカスタムメイドに比べ圧倒的に短いのも魅力です。

 

三つ目は2012年の冬から始まった「レディメイド」。予め用意されたサンプルを試着した後に素材・デザイン・底付け方法を決め、こちらも仮縫いなしで作製します。アッパーに選べる素材が限られ(それでもフランス・アノネイ社のボカルーカーフなど著名なものが用意されています)、木型の調整は原則行われずディテール変更もできませんが、その分価格を抑えてあるのが特徴です。靴自体の作り込みのスペックはカスタムメイド・パターンメイドと全く同じですのでご心配なく。こちらも納品までは約2ヶ月半です。

 

実は最後のレディメイドであっても、即座に持ち帰り可能な「既製品」ではないのがこのブランドらしいところなのかも?作製期間はともかく、アトリエに来店しサイズチェックを行ったうえで作る「受注生産方式」なのは、3つのカテゴリーとも共通です。パターンメイド・レディメイド双方のデザインには、内羽根式のキャップトゥなど正統的な15型を用意。サイズも足長は22.5~27.5相当、足囲も2E (飯野注:一般的な日本の靴の2Eよりタイトで実質E相当です)と3Eから選べるので、ほとんどの人はカスタムメイドにする必要はない筈です。

 

新たなコンセプトの靴も登場

 

なお、2013年の冬からはレディメイドの別レーベルとして、「普段使いの革靴」をコンセプトとしたσ-category(シグマカテゴリー)が加わりました。小笠原シューズのこれまでのドレスシューズとは異なる視点でデザインを起こしたラインで、第一作のενα(エナ。ギリシャ語の不定冠詞)はアッパーに主にソフトな鹿革を採用し、底付けはマッケイで軽快な履き心地に仕上げています。これ、サイズ次第では女性にも人気が出そうな、シンプルな靴ですよ。

 

底付けの多様さ、美しさが魅力!

 

そしてシナンドの靴の最大の魅力は、レディメイドであっても底付けの製法に多くの選択肢があること! 出し縫いまで手縫いのフルハンドソーン・ウェルテッド(十分仕立て)から、九分仕立てハンドソーン・ウェルテッド、マッケイグッド(ブラックラピド)、出し縫い仕様マッケイ、そして純粋なマッケイまで選べてしまいます。

 

靴の用途や性格、そして(有り難いことに)予算の都合まで考慮できる訳で、この辺りは長年OEM製造で様々な発注主から鍛えられた賜物ではないでしょうか。因みに一番人気は、出し縫いにのみミシンを用いる九分仕立てハンドソーン・ウェルテッドだそうですが、小笠原シューズはすべての底付けがとても美しく、特にウェルト系の底付けがお好きな方には必見の仕上がりです。

 

謙虚な姿勢に隠された緻密な技術

 

「シナンド」ブランドを立ち上げてもうすぐ3年。「まだまだ試行錯誤の繰り返しです」と謙虚に語る根岸社長ですが、このプロジェクトを通じ小笠原シューズの強みを改めて認識できるようになったそうです。「多様な底付けに対応できたり、技術的な課題を他の職人と直に相談ができたり、過去に用いた木型や型紙などの資料が膨大だったり…… それまで当たり前だと思っていたことが、実は他のアトリエでは持ち得ない大きな財産だったことに気付けたのですから」

 

そんな「資産」を今に、そして未来にどう活かすか? それこそ「シナンド」と言うブランドに課せられた使命であるのは言うまでもありません。レディメイドとパターンメイドのデザインに今後何を加えるかに始まり、引退の近づくベテラン職人が持つ卓越した技能の吸収まで、老舗のアトリエでありながらここの靴には「伸びしろ」がまだまだ沢山あるのです。

 

確かに都心からは少し行き難い、これだけを目的に行かねばならない場所にあるアトリエです。しかし何度も書きますが、小笠原シューズは我が国の紳士靴事情においては、このままでは埋もれてしまうかも知れない大きな宝の山! その扉が、お客様の「こんな靴が欲しい...」の一言で大きく開かれるのを、心待ちにしています。

小笠原シューズ

フルハンドソーン・ウェルテッド(十分仕立て)製法の内羽根式キャップトウ。端正な顔立ちは、ここぞと言うとき必ず味方になってくれる。これと同じ仕様のパターンメイドで18万円(税抜)。

 

小笠原シューズ

このサドルシューズには一番人気の九分仕立てハンドソーン・ウェルテッド製法を採用。ラバーソールにもちろん対応してくれる。これと同じ仕様のパターンメイドで13万円(税抜)。

 

小笠原シューズ

マッケイグッド(ブラックラピド)製法を用いた外羽根式Uチップ。この底付けは構造上やや腰高になるので、外羽根式の靴との相性が良い。これと同じ仕様のパターンメイドで12万円(基本価格11万円+希少甲革1万円/税抜)。

 

小笠原シューズ

最近メニューに加わったマッケイ製法のスリッポン。モカシン縫いとつま先のスキンステッチ、更にはコバの仕上げの丁寧さに驚愕! これと同じ仕様のパターンメイドで10万円(基本価格9万円+希少甲革1万円/税抜)。

 

小笠原シューズ

新コンセプトのレディメイド・σ-categoryのホールカットプレーントウενα(エナ)。これはリザードを用いた参考商品だが、通常はアッパーに鹿革を使用する。

 

小笠原シューズ

 

小笠原シューズ

 

小笠原シューズ

 

小笠原シューズ

社長の根岸さん。

 

小笠原シューズ

目印は社名を書いた紙切れだけなので通り過ぎないよう気をつけて。

 
  • 小笠原シューズ
  • 〒188-0012 東京都西東京市南町2-2-8
  • TEL.0424-61-6673
  • sinando.jp
  • 文:飯野 高広
 
 

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